
博報堂DYグループは昨年、これまで取り組んできたクリエイティビティによる社会課題の解決の事例から、その手法と実装法を紹介する書籍「答えのない時代の教科書 社会課題とクリエイティビティ」を発売しました。
東京都立大泉高等学校附属中学校において、生徒が自ら考え社会課題の解決について探るカリキュラム「マイプロジェクト」を担当する三好先生がこの本を読まれて感想をいただいたことをきっかけに、今回カリキュラムに協力し同中学校で2年生に向けて講演を実施することとなりました。
当日は書籍に掲載されている事例「注文をまちがえる料理店」を担当したPROJECT_Vegaの近山を中心に、書籍の編集に携わったPR局村山と藤波が講演と、生徒達との座談会を実施しました。その様子をレポートします。
東京都立大泉高等学校附属中学校 主任教諭/知的探究部主任 三好健介氏
博報堂 エグゼクティブ・クリエイティブディレクター/ PROJECT_Vega 近山知史
博報堂 PR局 統合ディレクター/PRディレクター 村山駿
博報堂 PR局 PR プラナー 藤波真由
講演は「13歳から始める常識を打ち破る『別解』のつくり方 ~クリエイティブのシャワーから学ぶ~」と題して、近山と村山2名で行いました。
■講演前半 博報堂の仕事とは?考え方とは?
冒頭は村山が登壇し、まず生徒達へ博報堂という会社について説明しました。

博報堂は様々な企業の広告を制作している会社ですが、それだけではありません。「生活者」視点に立って発想するクリエイティブに関わる仕事なら、なんでもやる会社です。"消費者"という言葉では、本質的な課題解決ができないのではないかという疑問から、多様化した社会の中で主体性を持って生きる「生活者」として全方位的に人を捉え、深く洞察することで新しい価値を創造していこうという考え方で仕事をしています。
また、現在の日本では多くの社会課題があります。例えば男女平等調査における日本の順位の低さ、東京への人口一極集中、超高齢化社会への加速などです。今、社会は課題に対応していく変化が必要です。博報堂は変化する社会にクリエイティビティで"新しい当たり前"をつくっていく会社です。皆さんがカリキュラムの中で取り組んでいる社会課題への活動を、我々はそのまま仕事としています。
そして博報堂を紹介する上で「パーパス(企業の存在意義)」が重要です。変わっていく社会の中で、企業は自分たちの存在意義を見つめ直す必要があります。博報堂DYグループのグローバルパーパスは「生活・企業・社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、時代をひらく力にする。Aspiration Unleashed」です。これも皆さんの現在やこれからと通じる部分があるのではないでしょうか。
最後に、今回の講演のきっかけになった書籍「答えのない時代の教科書 社会課題とクリエイティビティ」では、博報堂が社会課題解決に取り組んだ事例について紹介しています。そして、それぞれの事例が①何を社会課題と捉えるか、②何が解決の糸口となったか、③具体的に何をしたか、という3つの視点から解説されています。どんなに複雑に見えるアクションでも、基本はこの3つから説明できます。この本を読んでもらえれば、社会課題の解決の道筋は実は非常にシンプルかもしれないと思ってもらえるのではないでしょうか。
■講演後半 別解とは何か
続いて登壇した近山は「社会課題を解決する『別解』のつくり方」として、別解の発想法について語りました。
「皆さん、別解とは何だと思いますか?」と生徒達に問いかけると、「新しい常識」、「模範解答とは異なる考え」といった回答が出ました。それを受けて「どちらもいいと思います。では、別解の対義語は何でしょうか?」と更に問いかけると、「正解」だという回答があがりました。

『正解』を辞書で引くと、『正しい解答、結果として良い選択であること』などと出ています。では、なぜ博報堂は正解ではなく、別解を大事にしているのか。私の考えを話します。正解、つまり「正しい」とはどういうことでしょうか。例えば「正しい家族」とは何でしょうか。血が繋がっているということでしょうか。私はカメを飼っていますが、ペットも「家族」だと思っています。「正しい友だち」とは何でしょうか。学校で出会った人でしょうか。私にとって会社の同僚も「友だち」です。
若い皆さんはそんなことはわかっているのかもしれませんが、現在当たり前に使われているダイバーシティ=多様性という言葉は、30年前には日本ではほとんど知られていませんでした。時代が変わり、社会に大きな変化が起こったのです。このことからもわかるように「誰もが認めるたった一つの正解」は存在しないのではないでしょうか。誰かが決めた正解に従うより、もっと自由にもっとポジティブに、よりよい見方をした方が人生は絶対に面白くなります。時代は必ず変わります。皆さんの手で変えられます。それが別解のパワーなのです。
過去に手がけた社会課題に関する取り組みから『別解』の実例を紹介します。
高齢者のフレイル(虚弱)問題の例。普通はそんな高齢者の方を守ってあげるべきだと考えます。私もそうでした。でもそうではなくて、高齢者の方々も"支える側"になれるんじゃないかという発想で生まれたのが、『Be supporters!(ビーサポーターズ)』というプロジェクトです。日頃は支えられる場面の多い方がサポーター="支える人"になることでココロもカラダも動かしてワクワクする、サントリーウエルネスの参加型プロジェクトです。高齢者の方による地元のJクラブの応援活動を推進しています。サッカーには多様な応援の方法があり、体を動かしてもらうのに適しています。Jリーグは全国にあるので、地元チームであれば応援にも熱が入りやすい。このプロジェクトもひとつの『別解』を示していると思います。
さらに仙台市の株式会社TESSによる世界初の足こぎ車いす「COGY」という製品は、下半身が動かない人でも体の「反射」を応用して自分の足でこぐことができるテクノロジーです。この場合は、「足こぎ車いす」ではなく、「あきらめない人の車いす」と名付けることが別解でした。足が動かないことをネガティブに捉えず、「決してあきらめないヒーローにする」という発想でプロジェクトを立ち上げたのです。
常識にとらわれない、ハッとする視点を持ってみましょう。あなたの見立てひとつで、世界はもっと輝いて、もっと面白くなります。それが別解のパワーです。たった1人の発想だとしても、世界を変えられます。『別解』をもっと楽しみましょう。
■ワークショップ 「〇〇をまちがえる〇〇」をテーマに
別解の説明の後、生徒達が実際に別解を考えるワークショップを実施。近山が社外の仲間とともに手がけ、書籍や講義の中でも紹介した、認知症を抱える人々がホールスタッフとして働く「注文をまちがえる料理店」から、「○○をまちがえる○○」を考えることをテーマに据えました。
「本来のレストランは注文を間違えてはいけません。ですが、この事例ではそんな世の中のギスギスした生きづらさに対して『間違えてもいいじゃないか』、むしろ『間違えたほうが面白い』という考え方を別解として提示しました」
近山の別解の力の具体例を参考に、グループごとに「社会をもっと寛容に、緩やかにするアイデア」についてディスカッションし、「〇〇をまちがえる〇〇」という形にしてそれぞれ発表を行います。どこが普通の考え方と違うのか、結果どんな人が嬉しいのかも考えて説明すること。そして、正解はないから楽しんで考えようというルールのもと、各グループがクリエイティビティを発揮し様々なアイデアを検討しました。

生徒達から「相手をまちがえる告白代行屋」、「本のカバーをまちがえる本屋」、「歌詞をまちがえる歌」、「道をまちがえるカーナビ」、「行き先をまちがえる券売機」、「目的地をまちがえるタクシー」、「行き先をまちがえるタクシー」、「セリフをまちがえる学芸会」、「台詞をまちがえる演劇」、「教室をまちがえる先生」、「クラスをまちがえる教師」、「宛先をまちがえる郵便屋」等が発表され、独自の発想でそれぞれの『別解』を導き出しました。
「セリフをまちがえる学芸会」、「台詞をまちがえる演劇」では、認知症を抱える人をはじめ、障がいをもつ人、吃音に悩む人など全員が演劇を楽しめるという出演する側の視点の別解が、毎回内容が違うため次回も観たくなり再来場に繋がるという観客側の視点からも楽しめるアイデアになりました。
「髪型をまちがえる美容室」と答えたグループが複数ありましたが、「新たな自分に出会える」という観点から考えたグループと「性差を超えた髪型から、ジェンダー問題を考えることにつながる」という観点から考えたグループがあり、異なる観点からの別解も生まれました。

■生徒8名が参加した、博報堂社員との座談会
講演とワークショップの終了後には、生徒達が取組む「マイプロジェクト」について意見を交わしたり、悩みを話したりしてもらう座談会を行いました。
中学2年生の生徒8名と、博報堂からは近山・村山に、藤波が加わり3名が参加しました。
参加した生徒が取組む社会課題に関するテーマは「障がい者雇用」や「考える教育」、「食糧自給率の向上」、「人口減少社会の活性化」、「認知度の低い発達障害」、「盲導犬の飲食店入店拒否」、「日本の地震の対策技術を世界に発信するには」、「プラスチックごみ問題」と多岐にわたります。

「盲導犬の飲食店での同伴拒否」を探究する生徒は、「犬嫌いな人、アレルギーの人たちの嫌悪感はどうにもできないのではないでしょうか」と悩んでいました。愛犬家という藤波から、「友人にも犬嫌いな人がいます。犬が苦手な人にはっきり告知して、選択肢を与えられる仕組みという考え方もあると思います」というひとつの別解の視点が示されました。村山も「皆が犬好きになる未来を目指すより、お互いに認め合う社会の方がいいと思います。犬が嫌いな人に我慢させるのではなく、寛容さを持って共存できる道を目指すこともまさに別解ではないでしょうか」と語りました。そして近山は「犬嫌いな人がなぜ犬が嫌いなのか、犬好きは案外知りません。盲導犬の意義についても双方の意見を聞くことで歩み寄り、課題解決に繋がることもあるかもしれませんね」と、今後の進め方のヒントを伝えました。

「人口減少社会の活性化」を探究する生徒は、「この課題を探ると、関連して少子高齢化や地域衰退など様々な問題が浮かび上がってきました。経済や政治の問題もあり、多くの要素が絡み合って、どうしたら良いのか混乱しています」と進めあぐねていました。近山は「講演で紹介した『注文をまちがえる料理店』を手がけた時、『認知症の家族と同居しているわけでもない自分がこのテーマをやっていいのか』と、当初は迷いました。ただ、『自分が当事者でなければモノが言えない、手を出してはいけない』という社会は嫌だなと考えて取り組みました。「自分の家族も幸せにできない人間が、外国に行って井戸を掘ってどうする」というようなことを言う人もいますが、私はその考えは好きではありません。自分に強い思いがあるなら、どんどんやるべきです。課題を探るうちに付随する様々な問題が見えてきたなら、まずは最初に強く思ったことを大切にしてください」と自身の経験から考えた「思い」を伝えました。藤波からは「人口減少社会のような大きなテーマだと、捉えどころが難しいと思います。例えば世界に届けたいと思うより、『ある国に住む特定の誰か』に届けるといったように対象を個人に絞り込むという考え方もあります」と伝える対象から考えてみるという切り口が伝えられました。村山からは「社会課題を考える時は自分以外の人に目を向けがちですが、自身の課題を接着できたほうが解像度は上がると思います。人口減少社会というのは大きなテーマですが、まず自分の課題にできることを中心に据えてみてはどうでしょうか。もっと自己中心的視点になってもいいと思います。(生徒がバドミントン部員であることから)例えば、もしバドミントンの競技人口が減っているとしたら、人口減少がスポーツにも影響を与えているという視点もあります。社会課題を自分と繋げることで自分ゴトになるのではないでしょうか」と具体的な考え方のきっかけについてのアドバイスがありました。
生徒達全員の話を聞いた近山は「大きなプロジェクトを進める時に、何より大事なのは"気持ち"だと感じています。『自分はこれをやりたいんだ』という1人の強い思いが一番大事。迷ったり諦めそうになる時もありますが、大きなチャレンジができる人は、そんな時にも芯の通った強い気持ちを持って乗り越えていくことができます。お金も必要だし、時間も人手も必要。だけど、気持ちがなければ誰もついてこない。これだけは、忘れないでほしい」と激励しました。

座談会に参加した生徒達からは、「悩んでいたことの相談にのってくださり、探究へのモチベーションも上がりましたし、もやもやしていた気持ちが晴れました。今回の話はチームのメンバーにも話をしたので、今後は話し合いながら、アクションにつなげていきたいです。もっと長い時間皆さんと話をしたかったので、またこのような場を設けてもらえたら嬉しいです」「私が抱いていた不安に対して、博報堂の方たちが真摯に向き合ってくださり、思いつきもしなかった返答をいただけて学びになりました。他の生徒とのやり取りも今後の探究の上での参考になりそうな処方箋ばかりで大変勉強になりました」等、今後の取り組みに向けて前向きな感想が聞かれました。
最後に三好先生から「生徒達が『別解』に魅了された時間でした。今後生徒達の会話で「それは確かに正解だけど、別解も考えてみよう」といった発言が出てきたら嬉しいなと思います。そして大人と子供がこれほど真剣にともに社会課題の解決を考えることに、大きな価値があったと感じています」とお話をいただき座談会を終了しました。

■おわりに 講演を聞いた生徒達からの感想と今後の活動
後日生徒達からいただいた講演の感想を一部紹介します。
「普段学年全体の場で指名されたくないと思うのに、今回は絶対にあたりたいと思うことができました。(講演の)2時間がとても短かったです」、「これまで自分から行動するのではなく、誰かの行動を待っていました。博報堂の活動を聞いて自分から社会をよりよくしようと思いました。あと半年の探究活動では、なぜ『誰かがやってくれる』という思考に陥ってしまうのかを、今調べている内容と関連付けて調べていきたいです」、「『変化する社会にあたらしい当たり前を作る』という言葉がすごくいいなと思いました。最後に行った「○○をまちがえる○○」で、同じ「美容院」というテーマでも複数の捉え方があって面白いなと思いました。探究でも、同じように一つのテーマについて複数の観点でみることを大切にしたいです。」
社会課題にクリエイティビティな態度と『別解』で挑む姿勢の種は生徒達にしっかりとまかれたようです。
今後生徒達は来年2月22日の探究発表会「OIZUMI AWARD」(一般公開あり。詳細は同校HP掲載予定)に向けて、現在取り組んでいる社会課題への探究・検討を更に深めていきます。

□答えのない時代の教科書
・書籍情報
博報堂は「クリエイティビティで、この社会に別解を。」というメッセージのもと、多様な個性や専門性が越境し、前例のない解や新しい価値を社会に提供していくことを志している。本書は、少子高齢化・過疎化・社会の分断・環境問題...と社会課題大国と言われて久しい日本において、それらの解決に向けた新しい視点としてクリエイティビティの可能性を提示し、誰の身近にもある社会課題に対してどのように向き合っていくかのヒントが詰まっている。
https://www.hakuhodo.co.jp/news/info/105632/
・書籍発売イベントレポート
https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/106906/
□PROJECT_Vega
喫緊の取り組みが求められるにもかかわらず解決が難しいと思われていた社会課題に対して、国/ ⾏政と⺠間企業の双⽅向から⼿を取り合って取り組む価値のある「共創機会」を見出し、双方に対するマッチング、ソリューション、オペレーション提案に取り組むための推進組織。
https://www.hakuhodo.co.jp/vega/
□都立大泉高等学校附属中学校 マイプロジェクト
同校では、中学2・3年生の授業の一環として「マイプロジェクト」という活動を導入している。この活動では、生徒たちが個人またはグループでプロジェクトを立ち上げ、現場に赴いて調査や実践活動を行いながら、社会課題の解決に取り組む。ジェンダー平等や高齢者、障がい者の社会参加など、さまざまなプロジェクトが進行している。
東京都立大泉高等学校附属中学校 公式サイト
https://www.metro.ed.jp/oizumi-h/

三好 健介氏
東京都立大泉高等学校附属中学校 主任教諭/知的探究部主任
2009年入都。普通科全日制高校、総合学科定時制高校を経て、2018年度より都立大泉高等学校附属中学校に異動し、同中学校の「総合的な学習の時間」のカリキュラムデザインに取り組む。2021年度から開始したマイプロジェクトという活動では、これまで約300の生徒によるプロジェクトを他の先生方と協力して支援する。担当教科は、国語。授業の中では、話し合いのデザインや漫才、大喜利等の授業を行い、従来の教科の形にとらわれない授業を展開。

近山 知史
博報堂 エグゼクティブ・クリエイティブディレクター/ PROJECT_Vega
2003年博報堂入社。2007年よりTBWA\HAKUHODOへ出向。2010年TBWA\CHIAT\DAYで海外勤務を経て2022年より博報堂へ帰任し「官民共創クリエイティブスタジオPROJECT_Vega」を立ち上げ。CMプラナー出身で映像コンテンツを得意としているがマーケットデザインからエンターテインメントまで活躍領域は多岐に渡る。カンヌライオンズゴールド、アドフェストグランプリ、「注文をまちがえる料理店」「あきらめない人の車いすCOGY」でACCグランプリなど国内外で受賞多数。明治大学、一橋大学などで講師を務めるなど後進の育成にも情熱を注いでいる。

村山 駿
博報堂 PR局 統合ディレクター/PRディレクター
2012年博報堂入社。社会を巻き込むコンテクストを軸に、統合コミュニケーションを実現する。PRアワード シルバー 、PR Awards Asia シルバー等。

藤波 真由
博報堂 PR局 PRプラナー
2022年博報堂入社。人と人との関係の中で生まれるものに正面から向き合いながら、社会にポジティブな感情を増やすことを目標に、プラニングから実装まで幅広い業種のPR業務に携わっている。