
2023年秋、女性たちを取り巻く社会課題へと専門領域を拡大してアップデートした「博報堂キャリジョ研プラス」。
活動の柱である「ジェンダーギャップ」、「女性の健康課題」、「女性のキャリアデザイン」の3テーマのうち、今回は「ジェンダーギャップ」についてクローズアップしてご紹介します。
ジェンダーバイアス、アンコンシャスバイアスをテーマに、意識調査や大学での講義、メディア連載などさまざまな取り組みを行うメンバーが座談会を行いました。
博報堂キャリジョ研プラス、「ジェンダーバイアスに関する生活者意識調査」を実施
「ジェンダーギャップ」と「ジェンダーバイアス」は深く関係し合っている
―もともと博報堂キャリジョ研プラス(以下キャリジョ研プラス)はマーケティング対象として働く女性を研究していましたが、なぜ「ジェンダーギャップ」が活動の柱のひとつになっていったのか、その背景や経緯から教えてください。
山田:キャリジョ研プラスの前身である博報堂キャリジョ研が発足したのは2013年ですが、活動を進めていくなかで子どもを持つメンバーも増え、社会や制度に対しての様々な思いが募るようになってきました。この思いが家庭内のジェンダーギャップを調査することにつながって、実施したのが「結婚・育児における働き方意識調査」。このときは家庭内のジェンダーギャップについて調査していましたが、ジェンダーギャップは家庭内に閉じた話ではないよね、ということで次第に社会全体のなかでのジェンダーギャップに目を向けていくようになった経緯があります。

前田:もともと女性の働きやすさをテーマにしていましたが、女性の非正規雇用が多い、男女で賃金格差があるといういわゆる「ジェンダーギャップ」は、それ単体で存在しているのではなく、「女性は家で家事や育児をするべきである」という思い込みが大きく影響していると思います。ジェンダーギャップとジェンダーバイアスは違う話でありながら、深く関係し合っているんですよね。我々の活動として、賃金格差のようなジェンダーギャップを直接的になくすことはできませんが、ジェンダーバイアスをなくすことにはなんらか貢献できるのではないかという観点もありました。そのとき男性と女性両方の視点が必要となるので、今回リリースした調査では、男性・女性、働く・働かないを問わず調査したという流れになります。調査をして感じたことは、いまだに「男らしさ」と「女らしさ」のイメージに境界があるということ。男性には強さや経済力、勇敢といったイメージがあり、女性には優しい、気遣いができるといったイメージが強くあるようです。

一方、自分のなりたいイメージは性別のもつイメージと一致しない部分が多かったり、無意識のうちのバイアス(アンコンシャスバイアス)と自分自身の目指す姿にギャップが生まれている状態だなと感じました。

男はおごるもの?女は見た目に気を遣うもの?社会全体に渦巻くモヤモヤ
―最近世の中的にもジェンダーバイアス、アンコンシャスバイアスが注目されるようになったと感じます。
前田:「男らしさに苦しむ」というニュースが取り上げられるようになったのもここ数年の大きな変化ですよね。ジェンダーギャップという意味で構造的に見ると男性の方が有意であることは前提だと思いますが、その裏のジェンダーバイアスによって、男性の育休やメイクに対するハードルの高さや「稼がなければ」というプレッシャーがあるといった話題はよく耳にするようになりました。
矢田:最近ではX(旧ツイッター)でインフルエンサーが「男性だからおごるのが当たり前、に違和感をおぼえる」という投稿したことが話題になりました。有名人だから収入が多いというのも一種のアンコンシャスバイアスになりえますし、男性が女性におごるのは文化だというのもアンコンシャスバイアス。複数のバイアスが絡んでいますよね。
前田:性別による「らしさ」で具体的にどんな嫌な思いをしたか調査したところ、男性が女性より稼がなくてはいけない、金銭的に多く負担しなくてはいけないという項目で半数の男性が嫌な経験をしたことがあると回答しています。有名人だからということではなく、世の中の男性の多くが経験していることのようです。このポストはひとつのきっかけにすぎず、社会全体にあるモヤモヤなんだと思っています。とはいえ、現実に賃金格差があるなかで、一概にすべて割り勘にしろというわけではなくて、それぞれの関係性のなかで一番フィットするやり方を選んでいけたらいいですよね。

女性側の結果を見ると、やはり家事や育児の負担が多いことにモヤモヤを感じている人が多く、あとは見た目を磨かなくてはいけないとか、愛嬌よくいなくてはいけないということに対して嫌な思いをした人が多かったですね。
北里:大学生の頃、同級生の男子に「料理できないの?そんなんじゃお嫁にいけないよ」って言われたことがあって。私の世代でもまだそんなことを言う人がいるんだって、すごくびっくりしたのを覚えています。
矢田:「ポテトサラダくらい自分で作れ」とか、「簡単に冷やし中華でいいよ」とか、男性から女性に向けての発言も度々話題になりますよね。そういうのは、悪気がないからこそ解決するのがむずかしい。見た目の話で言えば、メイクをしたい男性もいれば、メイクをしたくない女性だっているわけですよね。でも「メイクをしている割合は女性の方が多い」というのも紛れもない事実。その事実が無意識のうちに「男がメイクするなんて」「女なのにスッピンで出歩くなんて」というバイアスに結びついてしまっているので、本当にむずかしい問題だと思います。
前田:いまって、女性だけが家事・育児をしている姿は広告などではあまり見かけなくなりましたよね。でも実際はまだ、ワンオペ育児をする状況にいる女性はたくさんいるという側面も忘れてはならないと感じています。社会の変化には時間がかかるので、過渡期である今、描かれる世界と現実の世界の間には、どうしても時間差が生じてしまいます。ですが、性別による選択肢の偏りを再生産しないためにも、継続していくことが大事なのだと感じています。

同時に、「男らしくあるべき」「女らしくあるべき」と思うスコアは若年層で低い傾向があって、周囲に「らしさ」を押し付ける意識は低くなっているという傾向が見られました。

前田:「男らしくありたい」「女らしくありたい」という人がいるのも当然のことですし、そのなかで人に押し付けないということが大切ですよね。また、そもそも人によって「男らしさ」や「女らしさ」のイメージも違うと思うので、画一的なイメージや押し付けがなくなっていくといいなと思います。
矢田:らしさを押し付けない、という話は大学の講義でも話題になります。いまの大学生はランドセルの色もかなり自由だったみたいですし、お人形あそびも男の子向けのものがあったり、だいぶ変化してきた印象があります。
前田:企業もおもちゃの開発においてジェンダーバイアスについて意識していたり、今回の調査でも興味深い結果が出ました。ジェンダーバイアスを見聞きした場所を聞くと「親」が最も多く、子供の頃から家庭で男らしくしなさい、女らしくしなさいと刷り込まれることが課題としてあるのですが、実は今の親世代では「なるべく子供に男だから女だからと言わないようにしている」と答えた人が67.4%にのぼったんです。次の世代に「らしさ」を押し付けない意識が見られたのはいい変化だと受け取っています。

アンコンシャスバイアスに気づくきっかけを。キャリジョ研プラスの3つの活動
―ここまで世の中にあるジェンダーバイアス、アンコンシャスバイアスについてみてきましたが、それらに対するキャリジョ研プラスの活動について教えてください。
北里:意識調査以外にもさまざまなアプローチを行っていますが、その1つが目白大学、清泉女子大学で行っている講義になります。世の中にあるアンコンシャスバイアスに気づいていただくことを目的に、SNSで話題になったトピックについてディスカッションしたり、アンコンシャスバイアスをなくすための企画を考えてもらったり。学生さんの意見は本当に多様で、アンコンシャスバイアスをポジティブな企画に変えようとする姿勢に感銘を受けました。
矢田:印象的だったのは、アンコンシャスバイアスが自分にないと思うのではなく、あることは仕方ないと認め、それを意識していこうというスタンスで取り組んでいたことでした。偏見をもっていることに気づくこと、それにどう向き合っていくかを考えることが大事という視点はとても勉強になりました。
前田:2つめの取り組みが「言葉プロジェクト」。普段使っている言葉やコミュニケーションの中にも、男女における思い込みや誤解があり、それによってモヤモヤを感じたり、適切なコミュニケーションが取れなくなっているということがあるのではないかと考えています。そういったことに気づきや改善の機会を提供したいと思っています。直近の目標は、研修用のツールとしてキャリアデザイン研修の時のようにボードゲーム化すること。無意識をいちばん反映する「言葉」に着目することで、アンコンシャスバイアスにアプローチする取り組みですね。
北里:3つめが、朝日新聞社のデジタル媒体「telling,」に連載している『XXしない女たち』。2021年からスタートした連載記事企画です。仕事や出産など、女性の生き方を伝えるメディアで、いわゆる従来の性役割とは異なる生き方を選んだ女たちを紹介しているのですが、特徴的なのは毎回テーマごとにインタビューを行ってN=1の声を大事にしていること。家事代行を利用している女性、結婚後も女性の姓を名乗る人などを取材して、あたらしい女性像に迫った記事になっています。
矢田:この記事を読むと、「ああしなきゃ、こうしなきゃ」と無意識に思っていたことから一歩距離を置いて、本当に自分に必要なことってなんだろうと立ち返ることができるんですよね。アンコンシャスバイアスに気づくきっかけになる記事だと思います。こういう発信ができる世の中になったこともよかったなって。
女性の悩みと男性の悩みは表裏一体。いっしょに向き合うことに意味がある
前田:キャリジョ研プラスが目指しているのは、性別による「こうあるべき、こうしなきゃいけない」という決めつけがない世の中。
そのための現状把握という意味で、まず今回の意識調査から取り組みました。男性が男性として苦しんでいることと、女性が女性として苦しんでいることは、裏表の部分もある。それを理解したうえでいっしょに解決していくことに意味があると考えています。そのためには、やはり世の中の大きな偏見に対して声をあげていくことが大事なんですよね。また今回の調査では自分のことを男性/女性と認識している人を対象にしていますが、そのような二分法に違和感を持つ人もいる中、男性/女性に対する思い込みや押し付けを払しょくすることは、あらゆる人に意味があることだと感じています。
北里:性差にもとづく役割から降りたいけれど難しい答えた方のなかで、一番多かった意見が「国や社会、世間の考え方・固定概念や制約があるから」というもの。社会全体で向き合っていくべき課題なんだということを改めて感じています。

―ジェンダーバイアス、アンコンシャスバイアスについての取り組みを、今後どのように生かしていきたいですか?
矢田:わたしがメディアの仕事をしていて感じるのは、どんなメディアでどんな切り取り方をされるかによって、同じトピックでも異なる見え方をするということ。キャリジョ研プラスの活動として、そういった情報の偏りがあることに気づいていただくきっかけをつくっていきたいです。広告はそもそも媒体を通して配信するものですし、私たちの生活はもはやネットやSNSと切り離すことができません。だからこそ大切な活動だと思っています。

前田:広告にまつわることはもちろんですが、いまはまだ、商品自体にも暗黙のうちに男性が使うもの、女性が使うもの、という線引きがあるように感じます。最近は少しずつ変わってきていますが、男性にとってのメイク製品はわかりやすい例ですよね。そういった見えないバイアスによって買いにくい・使いにくいと感じたり、自分に合ったものがないと感じる不便が少しでもなくなるよう、これからもさまざまな気づきを発信していきたいと思います。

山田寛子
2021年~博報堂キャリジョ研プラス
大学生向けにジェンダーバイアスに関する講義等に参画

前田将吾
2022年~博報堂キャリジョ研プラス
ジェンダーバイアスに関する調査に参画

矢田菜々子
2021年~博報堂キャリジョ研プラス
大学生向けにジェンダーバイアスに関する講義等に参画

北里礼
2023年~博報堂キャリジョ研プラス
ジェンダーバイアスに関する調査、Tellingの執筆、大学でジェンダーバイアス関する講義等に参画