マーケティングとテクノロジーに関するカンファレンス「ad:tech東京2019」において、『社会課題についてマーケッターができること』というタイトルでセッションが行われました。
「なぜ、いま社会課題に対してマーケッターが取り組むのか?」「社会的課題の解決と経済的価値の追求は本当に両立することができるのか?」をテーマに、事業会社・プラットフォーマー・広告会社に所属するマーケッターが、どのように挑戦し続けているかを討論しました。博報堂DYグループの株式会社大広 東京第2顧客獲得局の山口大道がモデレーターを務め、株式会社朝日広告社 ストラテジックプランニング部 水溜弥希がスピーカーとして登壇した様子をお届けします。

■社会課題解決に貢献する3つの事業例
大広・山口
我々が最初に検討したことは、「なぜ今、社会課題についてマーケッターが取り組むべきなのか」「そもそもマネタイズと社会課題の解決は両立するものなのか」という2つの問いに向き合うことです。この2つの問いに答えるべく、取り組み事例とエージェンシーサイドの視点、そして、現在進行形で進めているプロジェクトの3本柱で議論していきます。最後に2つの問いに対する回答をまとめるという構造で進行していきます。では、まずは取り組み事例からですが、特徴的なキーワードを抜き出し、ディスカッションをしていくスタイルとします。武田さんの事例からお願いします。
ヤフー・武田
災害対策や復興支援は重要な社会課題で、ヤフーでもCSRの重点課題になっています。災害対策を考える上で大きな課題は、過去の災害からの学びが忘れられがちになっていて、同じような被害が発生していることです。そこで正しい防災知識を持って災害に備えてもらうことを考えましたが、実行する上でマーケティングの課題が3点ありました。興味・関心をつくること、共感を得ること、そして事業貢献です。それらの解決のために考えたのが「全国統一防災模試」でした。

全25問のスマホのコンテンツで、過去3回実施し、約410万人に参加いただいています。楽しみながら学べる仕掛けにして、多くの人に興味・関心を持ってもらうようにしました。また、共感を得るためには、ヤフーの想いを伝えることが重要です。そこで、渋谷のスクランブル交差点に掲出した屋外広告の中で、東日本大震災で観測した津波の最大の高さを示し、災害の記憶と学びを忘れないでという想いを伝えました。
事業貢献の点では、模試の参加からの社会貢献と、事業貢献という共通のKPIを置くことで、両者を両立させることができたので、そこが重要だったのかと思います。
大広・山口
武田さんの事例からは「逃げずに背負う」というキーワードをあげさせてもらいました。
フェリシモ・市橋
「逃げずに」ということは、逃げたくなったことがあったということですね。
ヤフー・武田
これまでのプロジェクトで、担当者としての苦しさはナンバーワンでした。防災は命にかかわるテーマなので、間違った情報を提供してはならないのは前提として、被災者の方を傷つけるような伝え方になっていないか、ということは最後まで悩んでいました。
電通・梅津
防災情報を発信するというビジネスが別途あり、それと防災模試とが相乗効果を上げる設計になっていて、そこが秀逸だと思いました。
大広・山口
このプロジェクトは社内横断的なものですね。他部門と動く難しさには何かありましたか?
ヤフー・武田
防災に関しては、長く社内横断的に取り組んできたこともあって、全社的な取り組み意識は同じレベルにあり、他部門と組む難しさはあまりなかったですね。
大広・山口
そこには、確かな蓄積した資産があったということですね。ありがとうございます。では、キリロム工科大学の猪塚さん、よろしくお願いします。
キリロム工科大学・猪塚
カンボジアでキリロム工科大学という大学を運営しています。カンボジアの社会課題は、多くのかわいそうな人がいること、高等教育が崩壊していること、若いリーダーに経済的自由度が必要なことなどがあります。

一方、日本の課題は第四次産業革命をどのように生き残るかということです。カンボジアと日本の課題を同時に解決することを考え、日本ではできない大学をカンボジアでやろうと考えました。キリロム工科大学は全寮制の4年制の大学で、310名のカンボジアと日本の学生が、ITとホスピタリティマネジメントを学んでいます。
マーケターの観点からの事業運営キーワードは、ほぼ「SNS一本足打法」、アプリ開発のように事業をデザイン、マーケティングの効く分野に特化、カンボジア人従業員との対話からインサイトマーケティングの4点で臨んでいます。
大広・山口
キリロム工科大学は、いろいろな人に配慮しながら、不安や不満といった「不」を解消するプラットフォームだと思いました。

朝日広告社・水溜
事業の原資はどうされたのですか?
キリロム工科大学・猪塚
マイクロファイナンス的な考え方が背景にあり、資金回収できそうな成長力のある学生を入学させています。卒業までに回収できなかったら、我々の社員として4年間働いてもらうことになっています。
フェリシモ・市橋
最初からビジネスモデルは見えていたのですか?
キリロム工科大学・猪塚
大学やることは全く考えていませんでした。カンボジアの大学卒はとてもレベルが低かったので、高卒の人を採用してトレーニングするしかないなと考えたのが最初です。
電通・梅津
社会的企業を起業する際は、社会ニーズをいかに抽出できるかが勝負の分かれ目になると思います。そのコツはどこにありますか?
キリロム工科大学・猪塚
社会起業は、ふつうの起業より難しいので、ふつうの起業ができる人がすべきです。そして、日本での事業に縛られず、何をしてもいいからと世界に送り出すことができれば、優秀な人なら、貢献できる分野を見つけ出すことができると思います。
大広・山口
失敗することを恐れない、挑戦し続けることを徹底してやっていることに共感できます。では、市橋さんお願いします。
フェリシモ・市橋
私たちは通販の会社で、「社会貢献に力を入れているから好き」と言ってもらうこともあります。数ある社会課題の中から何に取り組むかについては、「やりたいこと」「やるべきこと」「やれること」のかけ合せがいいと考えています。

そうした取り組みのひとつが「フェリシモ猫部」です。日本で殺処分になる猫や犬は年間約4万匹。それを救う取り組みで、猫好きが買いたくなる商品を開発するとともに、基金を設けました。商品が1個売れると、その基金にお金が入る仕組みです。買い物のついでに、100円から寄付できる仕組みも作りました。これまでに3億7千万円以上のお金が集まり、猫や犬の里親探しや、保護された猫や犬の食糧費などに活用されています。取り組みの中にはもちろん失敗したものもあります。最近では物流の課題に取り組んでいます。
大広・山口
まさに呼吸をするように、当たり前のように社会課題に取り組んでいますね。
オープンハウス・木藤
失敗した取り組みをやめる判断と、お客様への説明はどのようにされていますか?
フェリシモ・市橋
判断の基準は簡単で収支です。事業ですから黒字化しないと続けられません。事業を終了する場合はお買い求めいただいていたお客様に感謝とともに終了のご案内をします。そして、結果はすべて社内にレビューするので、会社にとっては知見になり次の新事業に活かしていきます。
電通・梅津
「猫部」がうまくいっている要因は?
フェリシモ・市橋
SNSが一役買っています。お客様に協力を呼びかけるのは以前からやっていますが、その拡散性と反応のスピードが違いますね。
■事業の志と社会課題をマーケティングの力で結びつける
大広・山口
エージェンシーパートということで、趣向を凝らして、モデレーターを交代してみようと思います。それでは水溜さんお願いできますか?
朝日広告社・水溜
皆さんにうかがいたいことは3点あって、まず、パートナー企業とはどのような領域で連携しているか教えてください。

ヤフー・武田
全国統一防災模試は、博報堂のアイデアです。社会課題の取り組みにおいて、パートナー企業と役割分担することは難しいので、「志」を一緒にすることが必要です。
フェリシモ・市橋
パートナー企業からほしいのは、社会の情報やリサーチ力ですね。
朝日広告社・水溜
次に2つ目の質問です。事業を始めるにあたって、最初に決まったのはどこだったかということです。猪塚さんいかがですか?
キリロム工科大学・猪塚
自分で事業を行うわけですから、頑張れる場所であることが重要です。それがカンボジアだったわけです。
朝日広告社・水溜
最後の質問は、社会課題を扱うことは、事業に影響がありますかということです。
フェリシモ・市橋
社会に対して、よりよいことをしている会社からモノを買うというお客様が増えてきています。SDGsに対しては、社内では今さら感があるのですが、SDGsのおかげで社会課題を扱っていることを社会に伝えやすくなっています。
電通・梅津
企業やブランドが、社会によりよい変化をもたらすためには、改めて「志」を明確にすることが大切です。私は「パーパス・デザイン」として、「社会に対する志(パーパス)」をブランドに埋め込むことと、埋もれていた「志」を再定義、つまり今の時代に合うようリデザインし、実態化させること、を提案したいと思います。

デザインの視点として、電通では4つの戦略視点を挙げているのですが、中でも"Higher"と"Inspire"が大切です。"Higher"、つまり高い志と高い視座を持つことは、新しい事業への気づきにつながります。猪塚さんのキリロム工科大学は、まさにその志にある高い視座が事業につながった例だと思います。また、"Inspire"は「同志感」ともいえると思うのですが、「志」を共有することが、ステークホルダーや顧客との絆の強化につながります。フェリシモさんのビジョンにある「ともに幸せになる幸せ」というコピーは、この「同志感」で絆が結ばれる構造を表していると言えるのではないでしょうか。
社会に対する志であるパーパスに基づくマーケティングで、普遍的な価値を生み出すことによって、企業・ブランドは持続的な成長を目指すことができます。マーケティングの力で、世の中をよくしていけると思います。
大広・山口
あふれんばかりの熱い思いをありがとうございます。ここまでは「これまで」や「今」という時間軸でのお話しだったので、次に未来的なお話を木藤さんにお願いしたいと思います。
オープンハウス・木藤
オープンハウスは売上高の年平均成長率が30%を超えるという稀にみる会社です。そのため市場の評価は高いのですが、一方で強引な営業活動によって顧客からの評価は低く、市場と社会の評価の大きなギャップが課題です。成長モデルは維持したまま、どういう会社であるべきかを考え、取り組むことが必要です。

住宅にはまちづくりの基盤を担う役割があることを理解するとともに、従業員のホスピタリティやモラルを上げることが必要です。現在、PRに力を入れ、露出を増やすことに力を入れています。露出し、注目を浴びることで社員の視座を高くし、自分たちの言動に気をつけさせることを考えています。マーケティングは、企業と社会、そして顧客をつなぐ道のりを明示するのが役割だと思います。
大広・山口
最初に掲げた「なぜ今、社会課題についてマーケッターが取り組むべきなのか」という問いに対しては、今、やる必要があると思います。外部環境の変化を受けて個人の意識が変化し、企業のミッションと社会課題とのリンクがより求められている中で、コミュニケーションの担い手であるマーケッターが翻訳する必要があり、活躍する場が増えていると答えたいと思います。

また、「そもそもマネタイズと社会課題の解決は両立するものなのか」については、3つの事例からも両立させていることがわかるので、「YES」です。
最後にまとめとして社会課題の「社会」というワードをなくすことを提案したいと思います。社会という言葉が頭にあることで、かえって難しく考えてしまうのではないかと感じました。ソーシャルアントレプレナーの意識を体内化させ、あらゆるステークホルダーの「不」を解消し、呼吸をするように課題に向き合うことを「マスト」にすべきです。
■プロフィール
モデレーター:

山口 大道
株式会社大広
ブランドアクティベーション統括 顧客価値開発本部 東京第2顧客獲得局
プロデューサー
スピーカー:

市橋 邦弘氏
株式会社フェリシモ
物流・EC事業部 部長

猪塚 武理氏
キリロム工科大学
理事長

水溜 弥希
株式会社朝日広告社
ストラテジックプランニング部

木藤 正太氏
株式会社オープンハウス
マーケティング本部 係長

武田 明子氏
ヤフー株式会社
マーケティング&コミュニケーション本部
コミュニケーションプランニング部 部長

梅津 弓子氏
株式会社電通
第1統合ソリューション局
シニア・CSR・CSV・プランナー